令和2年の警察庁交通局によるデータでは、横断歩道横断中の歩行者の交通事故による死者数は230人、重傷者数は2422人である [1]。例年、死者数は減少傾向にあるものの、重傷者数はほぼ変わらない。交通事故による重傷者数そのものが減少しているため、全体からの割合としては増加している。また、JAFの調査によると横断歩道に歩行者がいても止まらない自動車が約6割であるという [2]。過半数の運転者が横断歩道手前での減速義務や停止義務を怠っているという調査結果だ。
これらの統計から、交通事故を未然に防ぐため横断歩道の存在を事前に警告することの重要性がわかる。そのために図1の「横断歩道又は自転車横断帯あり」という道路標示がある。このひし形の道路標示は路面に白色でペイントされており、信号機のない横断歩道等があることを示す。
本研究では横断歩道の存在を事前に警告するため、横断歩道又は自転車横断帯ありのひし形マークをドライブレコーダーの映像から検出することを目的とする。横断歩道自体ではなく横断歩道又は自転車横断帯ありを対象とすることで、横断歩道からより離れた地点での検出が見込める。また、この道路標示が描かれていない横断歩道には信号機が設置されている。その場合は信号機を優先して行動すれば良いため、横断歩道があることを警告する必要がないことから、横断歩道での交通事故を減らすには横断歩道又は自転車横断帯ありを検出するのみで十分であると考える。
本研究では横断歩道又は自転車横断帯ありを検出する目標距離を10mとして設定している。目標距離を設定するための指標として停止距離を用いた。停止距離とは空走距離と制動距離を加算したものである。空走距離は運転手が危機を感じてブレーキを踏み、そこからブレーキが作動するまでの距離であり、制動距離とはブレーキが作動してから自動車が止まるまでの距離である。ここではJAFが記載している停止距離を参考にしている [3]。
一般道での最高法定速度である時速60kmを基準として目標距離を定めた。このとき停止距離は44mとなる。停止距離は路面の状況や運転手の体調等が良い状況を想定しているため、余裕を保つために時速60kmで1秒間に進む距離16mを加える。よって横断歩道から60m離れた場所での検出が目的となる。図1より、横断歩道又は自転車横断帯ありはひし形の中心を基準として横断歩道の30m、50m手前に2つ並べて配置されている。そのため、60mから50mを引いた10mをドライブレコーダーからの検出目標距離として設定した。
横断歩道又は自転車横断帯ありは道路標示であり、規格が定まっているため形状情報からの検出を行える。確率的Hough変換を用いてドライブレコーダーの映像からひし形の形状情報を得ることで検出を行う。
横断歩道又は自転車横断帯ありを検出する大まかな流れを以下に示す。 1. 射影変換 2. エッジ抽出 3. 確率的Hough変換 4. 線分ペアの検出 5. ひし形の検出 以下の節で検出の詳細を説明する。
射影変換とは任意の4点を他の4点に対応付けることによって画像を変形させる処理である。ドライブレコーダーの画像をそのまま用いると、検出対象が距離によって形状や大きさが異なって描写されているため検出が困難となる。その問題を射影変換によって道路を真上から見た画像に変換することで解決する。前処理として検出画像にグレースケール化を施している。
輝度の差が一定値以上の場所をエッジと呼ぶ。本研究ではJohn F. Canny氏の提案した手法でエッジ抽出を行った。この手法では他とは異なりいくつかのアルゴリズムを組み合わせて処理を行っている。通常のエッジ抽出だけではなく平滑化や隣接画素との比較等を行っているため、ノイズが出にくく、輪郭のエッジが抽出されやすい。
また、前処理として両端及び上部それぞれ300画素を削除している。これによって対向車線の横断歩道又は自転車横断帯ありや、距離が遠く正常に判別できないもののエッジが抽出されなくなり、誤検出を減らしている。さらにカーネルが3×3のメディアンフィルタをかけることでタイヤ痕等により消えている部分を補っている
確率的Hough変換は抽出したエッジから線分を検出する処理である。確率的Hough変換は直線のみを検出する標準的Hough変換とは異なり、線分の始点と終点を検出することができるためひし形の正確な検出が見込める。本研究では線分を150本以上検出した場合、横断歩道又は自転車横断帯ありが存在しないと判断している。これは砂利道等でエッジが多量に抽出され、誤った線分が検出された結果、横断歩道又は自転車横断帯ありの誤検出が起きることを防ぐためである。
ひし形の白線では、黒(アスファルト)から白になる場所、白から黒になる場所の2本の線分が検出される。これをペアとすることでひし形検出の精度を向上させる。確率的Hough変換から得た線分の始点と終点の位置、そこから求めたρとθを用いて線分ペアの条件を設定し、検出を行った。
これまで集めた情報を基に横断歩道又は自転車横断帯ありを示すひし形を検出する。ひし形の形状特徴から条件を設定し、検出を行った。検出の過程を色で分けて行った画像が図1である。図1は抽出したエッジを白色、線分を赤色、線分ペアを緑色、ひし形部分を黄色で表している。
画像処理の関数を扱うライブラリであるOpenCVを用いて、検出手法で解説した検出方法を実行するプログラムを作成した。ドライブレコーダーの映像をJPEGの連番画像に変換し、プログラムに読み込むことで横断歩道又は自転車横断帯ありの検出を行った。本研究では2つのドライブレコーダーの映像を用いて実験を行った。
実験結果を検出率として表1にまとめた。
再現率 | 適合率 | 正答率 | |
ドライブレコーダー1 | 1.000 | 1.000 | 1.000 |
ドライブレコーダー2 | 0.813 | 1.000 | 0.998 |
合計 | 0.843 | 1.000 | 0.998 |
本研究では横断歩道の存在を事前に警告するため、横断歩道又は自転車横断帯ありの検出を行った。横断歩道又は自転車横断帯ありはひし形マークの道路標示であるため、ドライブレコーダーの映像からひし形の形状情報検出を試みた。実用性からドライブレコーダーから10m離れた地点までの検出を目標に設定した。
形状情報を取得する方法として、確率的Hough変換を用いて線分の検出を行った。線分の中からひし形の特徴を持つものを抽出することで横断歩道又は自転車横断帯ありの有無を判断した。
2つのドライブレコーダーの映像を用いて実験を行い、検出率を計算することで評価を行った。誤検出がないため適合率は非常に高く、未検出はあるものの再現率も低くはない結果となった。全体の正答率は高く、精度の高いものになったと考える。
今後の課題としては、未検出を減らすため異なる手法と組み合わせることを提案した。本手法は路面のひし形の形状情報に依存しているため、ひし形がタイヤ痕等によって消えているときに検出が困難である。形状情報以外を用いた手法と組み合わせることで未検出を減少させることができる。また、夜間等の悪条件での実験も課題となる。
[1]一般社団法人 日本自動車連盟(JAPAN AUTOMOBILE FEDERATION). (2021年10月). [Q] 走行中の適切な車間距離は? https://jaf.or.jp/common/kuruma-qa/category-drive/subcategory-echnique/faq138 [2]一般社団法人 日本自動車連盟(JAPAN AUTOMOBILE FEDERATION). (2022年10月24日). 信号機のない横断歩道での歩行者横断時における車の一時停止状況全国調査(2021年調査結果). https://jaf.or.jp/common/safety-drive/library/survey-report/2022-crosswalk?j [3]警察庁交通局. (2021年2月18日). 令和2年における交通事故の発生状況等について. https://www.npa.go.jp/publications/statistics/koutsuu/jiko/R02bunseki.pdf