現在、日本国内には運動機能の低下を主な症状とする脊髄小脳変性性という病気の患者が2万人以上もいる。 しかし、原因となる遺伝子に不明なものが多く、根治療法が見つかっていない。 そこで、新たな薬剤の開発が必要となってくる。しかし、薬剤開発にはかなりの時間がかかる。 その原因の1つとして、薬剤の効果を正確に調べる必要があることが挙げられる。
脊髄小脳変性症の薬剤の開発には人間を使って、薬剤を投与した前後で、運動機能がどのように変化するかを定量的に確かめる必要がある。 しかし、薬剤の安全性を確認する必要があるため、 人間に近い動物によって実験を行えば安全性を確認することができる。 そこで、人間に近い動物、哺乳類である小型の猿マーモセットが実験に使われる。 マーモセットを使い、薬剤によって運動機能の変化を調べることで薬剤の効果を確かめることができる。 そこで、マーモセットの運動機能を定量的に調べる必要がある。
こうした背景から、本研究では、脊髄小脳変性症を患ったマーモセットと正常なマーモセットの運動(手の動き)に対して、画像処理を用いて運動測定を行い、そこから病気の判別を行うことを目的とした。
この研究により薬剤の効果を定量的に判断できるようになる。
①動画像をフレームごとに分解し、最初のフレームを背景画像にする。
②背景差分を行う。
背景差分とは、背景画像と入力画像の輝度値の差が一定以上となる部分を抽出する手法のことである。 背景差分を行うことで、背景画像には存在しないが、入力画像には存在している部分が抽出される。 これを動画像で繰り返し行っていくことで、移動物体を抽出することができる。 ただし、時間の経過や、光の当たり方の変化によって、マーモセットの手以外の部分も抽出されてしまうため、背景画像は手動で更新可能であるとする。
③背景差分画像の最大領域を抽出する。
背景差分を行った画像では、マーモセット以外にも檻や光の当たり方が変わっている部分なども抽出されてしまう。 そこで、背景差分を行った画像の中で、最も大きいで連結領域にマーモセットの腕が含まれていると仮定する。 このように仮定することで、マーモセットの腕を抽出することができる。 連結領域の抽出には、ラベリング処理を行う。ラベリング処理とは、連結している領域に同じラベルを付けて行く処理のことである。 ラベリング処理によりラベル付けされたそれぞれのラベルに対して、同じラベル領域の画素数を数えることで最大領域、 つまり、マーモセットの腕が含まれている部分を抽出する。
④抽出したラベル領域のY座標が最大となる座標を取得する。
①従来手法と同様に背景差分画像の最大領域を抽出し、Y座標の値が最大となる座標を取得する。
②背景差分画像の最大領域から、Y座標の値が最大となる座標からある範囲のみを抽出する。
③抽出した領域の重心を取り、この重心をマーモセットの手指運動を表す座標として用いる。
マーモセットが餌を掴むときや、手を引くときに座標取得がうまくいかないという問題点があったが、 このようにして、指先付近の重心座標をとることによって、実際のマーモセットの手の動きに近い軌跡を抽出できる。
本研究では、マーモセットの手指運動測定を背景差分画像の重心を用いて行うことを提案した。 提案手法は従来手法に比べ、正確に手指運動が測定できるようになった。 そのため、疾病を持ったマーモセットと正常なマーモセットとの判別が効率よく行えるようになると考えられる。 しかし、背景差分を行うため背景画像の更新や座標取得の開始、終了に手動操作が必要であり、さらに薬剤開発の効率を促すためには 運動測定の自動化が必要であると考えられる。
また、従来研究では、マーモセットの指先の運動の様子や動作時間、停止時間から疾病を持ったマーモセットと 正常なモーセットの判別を行っていたが、この指標では判別できない例が発見されている。 しかし、この例では正常なマーモセットとは異なるような動きが確認できる。 そこで、マーモセットの手指運動の速度、加速度といった別の統計量から新たに判別指標を見つけていく必要があると考えられる。
提案手法でもマーモセットの運動測定に使われている背景差分は、時間経過や背景の更新により運動測定に誤差が生じやすい。 そこで、マーモセットの色情報などを用いて運動測定を行うなど、より正確な運動測定を目指していく必要がある。