人間は網膜内の3種類の錐体細胞によって色を感知しているが,その錐体細胞のうちのいずれか, もしくは複数が正常に機能しなくなると, 通常とは色が異なって見えてしまう.これを色覚異常と言う.そのような色覚異常者にとっては, 正常な色覚ならば識別のできる2つの色が混同してしまうことがある. そのような色覚の差が,日常生活の中にも支障をきたす場面があり,色覚異常者を困惑させている. このような不便を解消するために,色覚異常者の色覚を画像処理によって補助する研究が今日までに 行われてきた. それらの先行研究を2つほど紹介する.
この手法は,色覚異常者が識別困難な色を,識別可能な別の色に置き換えてしまうものである. これならば,色覚異常者でも直感的に色の判別を行うことができる. しかし,色自体を変換してしまうので,元画像の持つ自然な色合いを壊してしまったり, 変換後の色が他の色と被ってしまわないように,色の種類の少ない画像にしか適用が向いていない,などの点がある. 図1に手法1の例を示す.
この手法は,色覚異常者が識別困難な色に対して,縞模様やドットなどの模様を貼り付けることにより,識別可能にするという手法である. これならば色を変化させないので,元画像の色合いを保つことができるが,適用可能な画像が図やグラフなどの比較的シンプルが画像に限られ,写真やグラデーション画像などの画素単位で色の変化のある画像には適用が難しいと考えられる. 図2に手法2の例を示す.
先行研究での問題点を踏まえ,本研究の研究目的は「色覚異常者が識別困難な色に対して,明るさ変化による点滅を施すことで,識別可能にする」というものである. これならば,色自体は変化させないので元画像の自然な色合いを壊すことはほとんどなく,シンプルな画像はもちろんのこと,写真などの画素単位で色の変化のある画像にも適用可能であると考えられる. また,点滅の強さに変化をつけることで,対象物の色が変化する様子を表現することを目指す.
今回は色覚異常者が日常生活の中で色の識別ができずに困ることの代表例として,「トマトの熟れていく色変化」と「牛肉の焼けていく色変化」を取り上げて実験を行った. また,色覚異常にも種類はあるが,今回は「1型2色覚」と呼ばれる,赤色に反応する視細胞が機能していない色覚異常のケースを対象としている. 図3にトマトと牛肉の色覚正常と色覚異常の色の見え方を示す.
本手法では図4に示すようなxy色度図というものを用いている. xy色度図は明るさを除いた色の性質である「色度」をxyの2次元座標で表したものである. xy色度図上の値(x,y)はXYZ表色系の値X・Y・Zを用いて以下の式で表される.
色覚正常者はこのxy色度図上の全ての色を認識することができるが,色覚異常者は以下の式で示される直線P上の色しか認識することができない.図5に直線Pとxy色度図を示す.
また,図6に示すように,「混同色中心C(0.746495,0.253505)」からxy色度図上に放射状に無数に引かれる直線は「混同色線(confusion line)」と呼ばれるもので,色覚異常者(1型2色覚)はこの直線上の色は全て,直線Pとの交点の色に見えてしまう.
色覚異常者はこの混同色線上の色の変化を認識することができないので,代わりに点滅の強弱によって,混同色線上の色の変化を認識してもらうことを目指す.
図7はxy色度図上でのトマトと牛肉の色変化を示している. 実物のトマトと牛肉の反射スペクトルを分光放射計を用いて測定し,その反射スペクトルに,光源である白色LEDの分光分布と人間の目の感度を掛け合わせてxy色度値を算出した. トマトの色変化はA1からB1への変化,牛肉の色変化はB2からA2への色変化である. このようにトマトと牛肉の色変化は多少の誤差はあるものの,ほぼ混同色線上での色変化であるため,色覚異常者にはトマトと牛肉の色変化が全て同じような色に見えてしまったわけである.
そして,この色変化に基づいて,適切な基準混同色線を選択したものが図8である.この基準混同色線上の位置情報に応じて,点滅に強弱をつけていく.