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色覚異常とは, 網膜内の色を感じ取る視細胞の一種である「錐体」に異常があることにより, 色が正常とされる範囲と異なって認識されてしまう色覚特性のことである.
別種の色が色覚異常者にとっては同じ色として混同されてしまう場合もあり, 日常生活や就労など様々な面で不便を抱えてきた.色覚異常者の数は日本人では男性で5 %, 女性で0.2 %と少なくは無く, バリアフリー社会の推進, またQOLの観点からより一層の理解と補助が求められている.
本研究では特に,書類やWebページ等で用いられるグラフや表を改善対象として取り扱う。
本来であれば、予め色覚異常者にとっても識別しやすいカラーユニバーサルデザイン(CUD)に準拠した画像作成を行うことが理想であるが, そのような画像の作成には前提として色覚異常に関する理解や知識が必要であるため,対応が十分行われていない画像が殆どである.よって本研究ではプログラムを用いて, 改善の必要のある画像に対して処理を行い, 色覚正常者, 色覚異常者の両者にとって識別容易な画像を自動的に生成することを目指す.
本研究では両者にとって見やすい画像を作るという観点から色自体を変化させる手法では無く模様掛け手法を用いる.
また,図や表に対する模様掛け手法として著名であるハッチング手法を改良する形で新しい模様掛け手法の開発を行う.
また、本研究は従来手法として筆者の過去研究を用いており,領域選別手法等については前提知識としているため,詳しくは過去研究「ハッチングを用いた色覚異常者のための画像変換手法」を参照されたい。
斜線状のテクスチャを用いるハッチング手法では概ね良好な結果を得られることが多いが,適用対象の領域形状によっては効果を十分に発揮しない場合がある.
今回は約50枚の画像に対するハッチング処理の適用実験によって大きな2つの問題点に着目した.
図1を見ると路線を表すそれぞれの色の棒状領域が色覚異常者にとっては区別しづらい色になってしまっているが,ハッチングを付加することで区別が可能になっている.しかし,路線の形状が棒状であり,かつハッチングもまた棒状のテクスチャであることから,角度の判別がしづらく,凡例との対応も分かりづらくなってしまうことが分かる.
また,ハッチングの角度と同角度の太線領域が画像内にあった場合は,その模様が全く識別出来なくなることが考えられる.
図2では円グラフとそれぞれの領域に対応する凡例が示されており,色覚異常者がて区別しづらい色にハッチングを掛けることにでグラフと凡例との対応が識別できるようになっている.しかし,凡例領域に適用されている模様掛けはその一部分しか示されておらず,充分にその対応が分かり易くなっているとは言えない.
棒状の領域では,ハッチングの形状,また色を角度で表現するという仕様上,模様の判別が難しかった,その点への対処として角度以外の要素で色の違いを表した一様に均等なテクスチャを使用することとした.
今回はドットと格子という2種類の模様掛けを考案した.それぞれ色に依存して円の半径,格子の太さを変化させることにより色の違いを表現する.
それぞれのテクスチャは太線領域以外にも効果があると考え,太線領域にのみこの手法を用いるのではなく,太線領域以外の全ての領域についてもこの手法を用いる.
ドットと格子テクスチャの参考画像をそれぞれ図3,図4に示す.
凡例がある場合には処理が掛かったとしても模様の識別が難しい.本手法では,上で述べたドット・格子の両方で,凡例の面積に依存して模様のピッチを密に変化させることによって凡例への模様掛けの識別を補助する.
凡例を凡例であるとプログラムに認識させることは難しいことや,凡例以外にも小さな領域を識別する必要があることを想定し,今回はあくまでも同ラベル上で独立した最小の領域面積に依存してピッチを変化させることを考える.
凡例への対処として,独立最小領域に依存したピッチ変更を行うが,そのためにラベル番号と各ラベルの独立最小領域面積を対応付けさせる.そのための手順について説明する.
領域選別手法において小領域除去を行った後,色による選別を行う前の段階で各ラベル毎に画素数をカウントし,面積を計算する.ここで,領域選別のためのラベルデータとは別に,各領域ごとに面積を計算し各画素に面積情報を記録したラベルデータを作成する.これを面積ラベルとする.その後,同色に対応付けられたラベル番号の面積を比較し,最小のものに値をそろえる.これによって同色の情報を持つラベルはすべて独立最小領域の面積ラベル番号に整えられる.
面積ラベルを視覚化して出力した結果を図5に示す.
提案手法であるドット・格子法はドット,及び格子柄テクスチャを一つの画像で同時に使い分ける手法であり,色覚異常者の異常がある錐体が受ける刺激値と色覚正常者の該当錐体が受ける刺激値の差の正負によってテクスチャを使い分ける.~
第一色盲を想定した場合,L刺激値の差を考え,ハッチングでは正であれば右側への傾き,負であれば左側への傾きと表現されていたが,提案手法では,L刺激値差が正であれば格子,負であればドットテクスチャを適用する.
同様に第二色盲を考慮する場合であればM刺激値差を用いる.L刺激値差の正負によって二つのテクスチャを使い分けるのは,ドット,格子のどちらも模様の大きさを変化させる手法であるため,単一のテクスチャのみを用いると刺激値差の正負で形状が対称的になってしまい色の識別が不可能になってしまう為である.
対象領域に水平,垂直方向それぞれの直線(濃線)を等間隔で引くことによって格子状の模様掛けを行う.
ラベルごとに濃線同士の間隔(pitch)と,濃線の太さ(thickness)をパラメータとして持つ.なお,pitchは濃線の中央から次の濃線の中央までの距離とする.
画像の上端から着目画素までの垂直距離をyとしたとき,pitch,thicknessを用いて,濃線として描画する範囲を下のように定義する.
具体例として,pitch = 9,thickness = 4 とした場合の例を図7に示す.
また,画像の左端から着目画素までの距離をxと定義して同じ処理を行うことにより,格子状のテクスチャを表現する.
本手法では,該当の刺激値差に依存して濃線の太さ(thickness)を変化させることによって色を表現する.
また,模様掛けの付加が行われても対象領域の面積が小さい場合,模様を視認できない場合があるため,対象色を持つ全領域において独立した最小領域の面積に応じて間隔(pitch)を狭めることによって視認をを可能とさせる.pitchは直線同士の間隔を表すパラメータであり,濃線の中心同士の距離を表す.各ラベルにおいて,独立した最小領域(独立最小領域)の面積に従って変化させる.
仮に独立最小領域内に直線が水平,垂直方向それぞれ1本ずつしか視認できない場合,格子テクスチャの大きさを正確に識別することはできない.
テクスチャを把握するためには最低限,格子を構成する正方形の全形一つが独立最小領域内に入る必要があると考えられ,そのためには最大で3本の濃線の全形が独立最小領域内に丁度入る状態を基本形として定義すればよい.
なお,独立最小領域の面積をaとし,その面積の形状を正方形であると仮定して1辺の長さを√aとする.
独立最小領域内に濃線の全形が3本視認できるようピッチを下記の式で定義する.
また,その状態を図示したものを図8に示す.
図8は,格子の太さが最大の場合を考えており,この時に三本線の全形が視認できれば濃線の太さや間隔がどう変化しても常に独立最小領域内に2本の濃線が視認できることとなる.
thicknessは直線の太さを表すパラメータであり,対象色を色覚正常者と色覚異常者が見た場合の該当刺激値差(dif)に依存して変化する.また,模様掛けはあくまでも補助的役割を成すものであり,本来の色よりも模様掛けのテクスチャ部分が多くの面積を占めてしまうことは望ましくないと考え,元画像部分の大きさを濃線の太さが上回らないようにするため,ピッチの変化に伴って濃線の太さを圧縮させる.
濃線の太さが満たすべき条件は下記の式の通りである.
上記の条件に則るよう下の式ように定義する.
また,今回は独立最小領域の最大面積を900と設定しており,その場合一辺の長さは30,pitchとthicknessそれぞれの最大値はそれぞれ12,約6となる.
なお,difの上限は,実験での測定値の最大である0.14を用いた.
対象領域に円形の模様を等間隔で描画することよってドット柄の模様掛けを行う.
ラベルごとに斜めに隣接する円の中心同士の距離(distance)と,円の半径(radius)をパラメータとして持つ.水平方向に隣接するの円同士の間隔は√2 * distanceであり,また,偶数行目の円の列に関してはdistance / √2だけ右にシフトすることで一様なドット状テクスチャを表現する.
上記のイメージを図9に示す.
本手法では,該当の刺激値差に依存してドットの半径(radius)を変化させることによって色を表現し,また,同色の領域において独立した最小の面積に応じて円同士の距離(distance)を狭めることによって視認をを可能とさせる.仮に独立最小領域内にきわめて少ない個数の円しか描画されていない場合,ドットのテクスチャを十分に認識することはできない.そのため,テクスチャを把握するためには,8個程度の円が含まれていればよいと考え,図8のような円の配置を基準として定義することとする.
図8は,円の半径が最大の場合を考えており,その面積を考えると合計で8つ分の円が独立最小領域内に視認できるようになっており,円のの大きさや間隔が変化しても常に8つ程度の円が視認できることとなる.
図8のような配置状態となるよう下記の式のように定義する.
radiusはドットの半径表すパラメータであり,対象色を色覚正常者と色覚異常者が見た場合の該当刺激値差(dif)に依存して変化する.
また,模様掛けはあくまでも補助的役割を成すものであり,本来の色よりも模様掛けのテクスチャ部分が多くの面積を占めてしまうことは望ましくないと考え,円同士の距離に対し,円の半径が大きくなりすぎないようにするため,距離の変化に伴って半径を圧縮させる.
今回は半径の大きさを円同士の距離distの3分の1までとすることにした.
半径満たすべき条件は下記の式の通りである.
上記の条件に則るよう下のように定義する.
また,独立した最小領域の最大面積を900とした場合,その一辺の長さは30となり,distanceとradiusそれぞれの最大値は下の式で計算されるように,それぞれ5√2 / 2,約3.5となる.
帯状の画像に対してハッチング,ドット・格子法それぞれの処理を加えた結果画像を示す.
ハッチングでは両者にとっての見え方が同じである刺激値差が0の部分を境に赤みが増すほど角度が右へ傾き,緑に近づくほど左に傾いてた. ドット・格子法では赤系統で有れば格子,緑系統であればドットを用いており,それぞれ刺激値差が大きくなるほど太さと半径を大きく出来ている. また,独立小領域がある場合にはその面積に依存して,ピッチを圧縮させることで独立小領域内に模様が視認できるようになっている. 帯グラフに対してハッチング,ドット・格子法それぞれの処理を加えた結果画像に示す.
図15は元画像であり,色覚異常者視点に変換した図16では色の違いがわかりづらくなっていた.
ハッチング処理を加えた図17および図18では角度によって色の違いがあることは判別可能となっているが,角度のみでは対応がわかりづらい点や凡例内に付加されたハッチングは視認しづらい部分があった.
一方でドット・格子を付加した図19および図20ではそれぞれのテクスチャにより色の違いが明確にわかりやすくなっており,かつ凡例の面積に対応してピッチを密にしたことによって凡例内の模様掛けを視認しやすくなっている.
提案手法の効果を定量的に評価するためアンケート調査を行った.
対象は16人の色覚正常者であり,色覚異常者視点にシミュレートした画像を見せることによって色覚異常者にとって識別しやすいかどうかを疑似的に判断してもらった.
画像は10種類の画像に対してハッチングを適用したもの10枚,ドット・格子法を適用したもの10枚の計20枚である.
今回対象として選んだ画像は一般的に用いられるグラフ7種及び,色覚異常者にとって大きく識別が困難となる簡略な地図と路線図の画像3種である.
今回は各画像の見やすさについて1から5までの点数を付ける形式で回答を集めた.
各画像に対するハッチング,ドット・格子法それぞれの点数合計と点数の差を図21に示す.
スコアの平均を図22に示す.
点数差を見るとわかるように今回のアンケートに用いた画像すべてにおいてドット・格子法を用いた方がハッチングよりも識別容易であったという結果が得られた.
特に帯グラフや面グラフのような,ハッチングの掛けられた領域が隣接している場合にはドット・格子法を用いることによって大きく視認性が向上したことが読み取れる.
点数平均はハッチングで2.80,ドット・格子法で4.02と良好な結果が得られた.
ドット・格子法を用いることによって棒状領域,凡例状領域に対する改善が行われ,視認性の向上に一定の効果を得ることができた.
図や表において棒状領域や凡例領域は情報の読み取りに重要な役割を果たすことが多く,その点に対応したことで大きな改善効果が得られたと考えられる.
また,ハッチングという単一のテクスチャのみで色の表現を行うよりも,単純に複数の模様を用いたことで赤系統,緑系統の弁別が容易となったことも良い結果が得られた要因であると考えられる.
模様掛け手法は模様の種類を増やしすぎると処理結果画像が煩雑化し,またそれぞれの模様掛けの特徴を覚えることや即座に判別することが難しくなることなどから,可能な限り少ない種類の模様,そして単純な手法で最大の効果を得られることが望ましい.テクスチャの種類を増やし過ぎることは望ましくないものの,太さや半径の太さを変化させるという本手法は単純でわかりやすく,また他のテクスチャについても大きさを変化させることで色差が表すことが出来る手法で有れば複合して利用することも可能であると考えられる.
一方で独立最小領域に依存したピッチ変更を加えるとその分格子の太さやドットの半径は圧縮されるため,表現できる色のバリエーションは少なくなってしまうという欠点が存在する.しかし,濃度変化を同時に用いているため,色差に対して太さや半径の変化量が少なくなってしまった場合であっても濃度によってある程度の識別が可能である.
結果として視認性が向上したという結果がアンケートから得られたことから,今回の結果画像については本欠点は大きな影響は与えなかったものと考えられる.
領域選別を用いた手法においては,XYZ座標空間にて色差の評価を行っている.しかし,XYZ座標空間での色差は人間が実際に見た場合の色差の感覚とは隔たりがある.
そのため,Luv等の均等色空間を用いて色差の比較を行うことによってより人間が見た場合の感覚に近い色差の評価を行う必要性があると考えられる.
色差に基づく領域選別において,本研究で用いた条件は,「色覚異常者にのみ識別困難な色の組」にハッチングを適用するものである.
これによって両者にとって識別可能な色,または両者にとって識別不可能な色は処理の適用範囲から除外されることになるが,これは両者にとって見える色が違う色であっても模様掛けの対象から外れる場合があり得るということである.
これは,画像内に存在する色の違いを見分けることを優先事項として定めているため,その基準に基づいて処理結果の簡略化を行っており,例え見える色が両者で異なっていたとしても,画像の煩雑化を防ぐ事の方が優先されるためである.
しかし,場合によっては画像内に混同する色が無かったとしても,色覚正常者に見えている色とは違う色であるという認識出来なくてはならない場合がある.
よって,例え混同する色が画像内に存在しなかったとしても,見える色が両者で異なっている以上,何らかの処理を付加する必要があると考えられる.
これについては,必ずしも模様掛けを適用しなくてはならないというわけではないが,例えば更に別のテクスチャを用いることによって「画像内に両者にとって識別可能,もしくは識別不可能な色しか存在しないが,色覚正常者とは異なって見える色」を表現するという解決策も考えられる.
ドット・格子法について,半径や太さの上限はそれぞれ筆者の主観を元に適切と思われる値を設定したが,これについては上限を変化させた上で様々な結果画像を作成し,客観的な評価から適切な値を決定する必要があると考えられる.
また,半径や太さの計算式についても,値の増加量が本研究で用いた関数で最適であるとは言い切れないため,これについても再検討する必要があると考えられる.
今回は完全にL錐体,M錐体が機能していない1型2色覚,2型2色覚を対象としたプログラム開発を行ったが,色覚異常者にとっての色の見え方は個々人により細かく異なっており,色差の閾値や模様掛けのパラメータを調節出来た方が望ましい場合もあると考えられる.
アルゴリズムの仕様に反しない限りで利用者がパラメータを変更し,見やすい形に模様掛けを調節できるような機構を作ることは処理として困難なことではない.
しかし,個々人の色の見え方,すなわち錐体の異常の度合いに関しては事前に検査を行うことで定数化し,表色系変換の為の行列式に反映させる必要があるため,プログラム内のみで完結したチューンアップを行うことは難しい.
また,本研究は不特定数存在する色覚異常を持つ閲覧者に対し,視認が困難とならないよう画像に処理を施す事を想定したものであり,色覚異常者個々人に合わせて調節を行う事は次の段階に考慮すべき事項であると位置づけている.
領域選別を用いた手法において,グラデーションについては模様掛けに歪みが生じるため処理適用範囲から除外されている.
しかし,グラフや表においてグラデーション等連続的な色の変化は多く用いられており,対応の必要性があると考えられる.
今回は色覚異常者から見えている色をシミュレーションした合計20枚の処理結果画像を用いて,16人の回答者を対象にアンケートを行った.
処理結果画像についてはより多くの枚数とバリエーションの画像を用意する必要があり,また,より多くの人数からの回答を集める事でデータの信頼性を高める必要がある.
更なる展望としては,プログラムの有用性のより正確な評価をするため,実際に多数の色覚異常者に対してアンケートを行い結果画像の見やすさに関する統計を取る必要もあると考えられる.